私の人生のプロローグ②

2015年9月6日

その日の私は、死んでいても不思議ではなかった。

でも生きてました?

あれから7年が経ちました。

いまだに治らない左半身麻痺の後遺症。

脳卒中を発症した当時は人生を諦めたりもしました。

一生、この障害を持った身体で何が楽しいか?

その時の私は43歳でした。

これからという色んな人生経験を開花させる時だったのに。

それから。

左半身が麻痺して自分の意識とは違う筋肉の動きををし痛みを伴う毎日。

あれから、ずっと脳卒中と言う病気で左半身麻痺の障害を患った患者。

週2回のヘルパーさんに週2回のデイサービス、月一の定期健診を繰り返していた日々。

コロナ過で遠のいたデイサービスの代わりに、訪問リハビリに週2回来てもらうようになったのは2021 年の年末の10月の話。

発症当初は、「1年で治す。」そう意気込んでいましたが?

1年が過ぎ。2年が過ぎて、3年が過ぎた頃には?

このままでは?この身体は「完治は難しい」かもしれない。

そう思う様になり、 気持ちが毎日揺れ動いてました。

それでも生きてる以上は人生を楽しく生きたい。

もう一度、「夢をみて頑張りたい。」そう思い続けていましたが、身体の自由が効かず。

定期的に麻痺とは違う怪我に悩まされる日々が続いています。

そして。

今年2022年の9月があと1カ月で来ます。

そして6日が来れば、脳卒中で左半身麻痺の生活が丸8年目になってしまいます。

これを闘病と言うのであればこの8年間の生活の話もしたいし、

色々と話したい私の50年が沢山あります。

皆様にお役に立てるのか?

楽しんで頂けるか?

それは解りませんが?

できる限り、面白く、楽しく描いていこうと思っています。

基本的に、毎日楽しく笑って過ごしたいと思っている陽気な50歳のおじさんです。

こんな私が、過去の記憶を辿り。

人生を振り返りながら書き留めていくブログになります。

最初の20話ほどは過去の話ですが。

徐々に現在進行形の話にしていきたいと思います。

そして現在。

今はパソコンで在宅ワークの仕事をしています。

昨年の令和3年までは、何だかんだと段取りをして、建築の仕事をしていましたが、

コロナ過と、不景気の波、建築資材の不足で納期等が確定できず、見積なども作成し難く。

一旦、建築の仕事は休止して、これまでの仕事で培ってきた仲間や協力会社を頼って、

デスクワークをしています。

それにしても。

右手だけで仕事をするなんて、こんな日が来るとは思っていませんでした。

だけど?子供の頃にテレビゲームにハマリ、こんなゲームを自分で作ってみたいと思ったのがきっかけでプログラマーを目指しましたが、その時代を思えばパソコンの発展は著しく。

既にプログラマーとしては時代に着いては行けませんが、

同世代やそれに 近い人たちが「パソコンやスマホは苦手」と言われる中で、私は苦もなくパソコンを使えていることが良かったと思っています。

ただ?最近目が疲れます。

俗に言う「老眼」と言う症状が昨年の秋ごろから現れ始めました。

さて話が長くなりましたので、今回はここまでにします。

次回は何を話そうかな~?

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