3年が経過して。

感謝してます。

いや~、あれから3年経ったこの時には、良くぞ生かしてくれたな~と感謝してます。

もちろん、執刀してくれた主治医の北村?木村?先生に。

名前は忘れてしまいましたが?当時の資料を探れば直ぐにでてきますよ。(笑)

その後の色々な人たちの会話でこうも言われて嬉しく思った事もあります。

「まだすることがあるから生かされた。」とか宗教家ではなく、一般の人から言われた。

ま~、誰がどこの宗教を信じてるか?そんなことは本人に聞かないと解りませんけどね(笑)

自分の自業自得で。

たぶん?

仕事のストレスに、20年ほど続けた暴飲暴食が招いた。

自業自得の、「右脳の被殻出血」で「脳卒中」になり「左半身麻痺」なんて後遺症を患う

障害者になってしまったのだろうと思っています。

失ったもの

それにしても、失ったものは多かった。

もちろん25年ほど続けて来た建築の技術は、今後一切手先が動かせず役にはたたないだろう?

そう思って、何度か自宅の改装に工具を用意して作業をしてみたが?

左手は使えない、物を持てないし支えれない。

何とか右手でしてみるも立っていられないし。

椅子に座りながらの作業で、元々1分、2分で出来る作業に、30分、1時間。

この時ほど情けなくて、悔しくて、泣いた夜はありませんでした。

身体が思う様に動かせないだけで?

それまでの25年の人生を失った様でした。

だけど?リセットできたかも。

失ったものは多いような気もしましたが?

脳卒中になるまでの、その43年間の人生をリセットできた様な気もします。

それまでの私の人生は。けして人に褒められるような人生でもなく、

多数の方々に迷惑をかけて、恨まれていてもおかしくない様な、そんな人間関係もありました。

残っていた仕事や?

毎日お金も無く、切迫している様な日々でした。

「この人には恨まれてるな~?」

そう思ってた方々が、お見舞いに来たりして励ましてくれたりしました。

あれから3年経っても「恨み節」を言われることはありませんでした。

そして大した仕事も出来ず。

生活保護に頼っていたので贅沢も出来ないしする気も起きなかったので。

お金に追われるような日々が無くなったのもこの時期でした。

そう思うと、「何度も失敗したことがリセットされたのかなぁ~?」

そう思う様になっていました。

だからもう一度頑張ろうと思いました。

早くこの「左半身麻痺」という病気を治して、

一から頑張って、「恩返しをしよう」そう思ってリハビリも頑張りました。

ですが?

二度目の「後発性てんかん発作」

整形外科にリハビリに行く途中で気分が悪くなり、そこに居た警備員の方に助けを求め、椅子に座らせてもらったところで意識が無くなりました。

救急車に運ばれて3日ほどの経過入院をして元の生活に戻りました。

そしてそんなことがあると?

薄れ始めていた「不安感」や「脳卒中後の再発」?

違う後遺症や副作用等が、気になり始めて仕事に行けなくなり。

リハビリに行くのも面倒になり、外出する気が遠のきました。

こうして。

脳卒中で左半身麻痺の死活3年目がが経過していきました。

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